AVのモザイクはなぜ存在するのか — 法律ではなく自主規制の仕組み
モザイクを義務づけた法律はありません。1972年発足のビデ倫から、SODの1996年ヘア解禁と2000年「デジモ。」、2008年のビデ倫崩壊、現在のJCRCと制販倫まで、自主規制の歴史と刑法175条の関係を整理しました。
「モザイクは法律で義務づけられている」と説明している日本語の文章は、今でもたくさんあります。ただし正確ではありません。モザイクの有無や濃さを指定した法令は、一度も存在しません。
日本のAVにモザイクがかかっている理由は、別の場所にあります。刑法175条という1907年(明治40年)の条文が「わいせつ」を頒布・販売することを禁じていて、その空白を業界自身が埋めてきた。この記事はその仕組みを、ビデ倫からSOD、JCRCと制販倫までの団体史で整理します。
- モザイクを義務づけた法律が存在しない理由
- ビデ倫→映像倫→JCRC、そして制販倫へと続く審査団体の変遷
- SODが審査団体とモザイク技術の両方を作った経緯
- 2022年の新法がモザイクとどう関係するか(しないか)
モザイクを義務づけた法律は存在しない
まず出発点を確定させます。日本の法令に「モザイクをかけること」を義務づけた条文はありません。 粒度の基準も、範囲の規定も、基準を出す官庁もありません。別の記事でも書いていますが、あるのは刑法175条だけです。わいせつな文書・図画その他の物を頒布・販売・公然陳列した者を、2年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金などで処罰する条文です。
この条文の押さえどころは3つです。
- 頒布・販売側を処罰する条文で、所持は対象ではない — だから取り締まりの圧力は、作る側・流す側・売る側にかかり続けてきた
- 「わいせつ」の定義が条文にない — 中身は判例が数十年かけて埋めてきた
- 媒体より80年近く古い — 1907年の印刷物向けの条文が、いまの4K映像を規制している
判例が固めた「わいせつの核」が性器の描写でした。モザイクは、その描写を十分に潰せばわいせつの水準に達しない、という業界側のリスク管理として定着しました。法律が「モザイクをかけろ」と命令したのではなく、業界が法律を恐れて自らかけた。ここが大前提です。
ちなみに1985年頃には、警察が「ビデ倫の審査を通していない作品はわいせつ物とみなす」と示唆しています。審査団体への加盟が半ば強制になったのはこの時期で、自主規制は業界の選択であると同時に、警察の黙認と交換される形でもありました。
基準を書いてきたのは民間団体だけ
国が基準を出さなかったので、民間がルールブックを書きました。そして大事なのは、そのルールブックが複数あり、互いに競争していたことです。
| 団体 | 発足 | 由来・経緯 |
|---|---|---|
| ビデ倫(日本ビデオ倫理協会) | 1972年2月 | 東映ビデオ・日活・日本ビコッテの3社が、映倫の基準を準用して発足。1977年に現名称へ |
| メディ倫(メディア倫理協会) | 1996年8月 | SODなどインディーズ系メーカーが主体となり設立。現・コンテンツ・ソフト協同組合(CSA) |
| 制販倫(JVPS・日本映像ソフト制作・販売倫理機構) | 2005年4月 | クリスタル映像が設立。当初は1社のみ |
| 日映審(日本映像倫理審査機構) | 2008年7月 | ビデ倫の審査終了を受け、ビデ倫加盟メーカーが設立 |
| 映像倫(映像倫理機構) | 2010年12月 | 日映審とメディ倫(CSA)が業務統合 |
| JCRC(日本コンテンツ審査センター) | 2016年1月改称 | 映像倫が東日本コンテンツ・ソフト等と統合して現在に至る |
ここから読み取れるのは、審査団体が「上から作られた規制」ではなく業界内の政治で増えたり統合したりしてきたことです。1990年代前半、ヘアヌード解禁の流れで「陰毛の規制を緩めたい」という加盟社の要望をビデ倫が拒否しました。結果、緩い基準を望む制作者はビデ倫の外に出てインディーズが育ち、新たな審査団体が生まれる。この繰り返しです。
SODがやったこと — 審査団体とモザイク技術の両方を作った
そのインディーズの代表格が**ソフト・オン・デマンド(SOD)**です。1995年11月創業のSODは、業界構造を2つの意味で変えました。
ひとつは審査団体の設立。 1996年8月、SODなどインディーズ系メーカーが主体となってメディア倫理協会(メディ倫)を設立します。ビデ倫一極だった審査体制に、別のルールブックが現れた。
もうひとつはモザイク技術そのもの。 SODの1996年の『50人全裸オーディション』は、アダルトビデオで初めてヘアの直接描写を解禁した作品として知られています。それまでヘアはモザイク処理の対象でした。2000年8月にはデジタルモザイク「デジモ。」を導入し、2005年には全自動モザイク追跡システム「デジエモン」を開発・全面導入、同年11月にはモザイク範囲を縮小した「デジエモンMAX」を投入しています。
つまりSODは、審査基準の側と技術の側の両方でモザイクを「薄くする」方向に市場を引っ張った会社です。モザイクが法律の産物ではなく競争の産物だという証拠が、この歴史にあります。
モザイクは一方的に薄くなった
実際、モザイクの変遷は一方向でした。薄く、細かく、そして追跡技術の登場で動く被写体にも追従するようになった。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1987年前後 | 「シースルービデオ」と呼ばれるモザイクの薄いAVが主流に。薄いほど疑似本番でごまかせず、ユーザーの満足にも直結した |
| 1996年 | SOD『50人全裸オーディション』がヘアの直接描写を解禁 |
| 2000年8月 | SODがデジタルモザイク「デジモ。」を導入 |
| 2000年以降 | 「激薄ビデオ」と呼ばれる、モザイクの一辺が1mm以下の作品まで登場 |
| 2004年10月 | ビデ倫がデジタルモザイク(局部に沿った処理)を解禁 |
| 2006年8月 | ビデ倫がヘア・アナル露出を解禁 |
おかしいのは、ここで規制を緩めた側のビデ倫が、警察に叩かれたことです。
2006〜2008年 — 緩めたら摘発された
ビデ倫が2006年8月にヘア・アナルを解禁したのは、レンタル市場でセルビデオ(ビデ倫を通さない小売作品)に対抗するためでした。ところが2007年8月23日、警視庁保安課がビデ倫を家宅捜索します。モザイクの薄いDVDの販売を幇助した容疑です。審査団体への強制捜査は、同組織にとって初めてのことでした。
翌2008年3月1日にはビデ倫の審査部統括部長とビデオ制作会社社長がわいせつ図画頒布幇助の容疑で逮捕され、ビデ倫は2008年6月限りで審査業務を終了します。
ここがこの記事でいちばん大事なポイントです。自主規制の「線」は、上から執行されるものではないから、当局の解釈次第で一方的に動かされる。 業界が緩めた線は警察に否認され、審査団体ごと解体された。モザイクの基準とは、このリスクの上に成立しているものです。
ビデ倫の受け皿としてビデ倫加盟メーカーが日映審を設立し、2010年12月には旧インディーズ側のメディ倫(CSA)と業務統合して映像倫理機構(映像倫)が発足。2016年1月に現在の日本コンテンツ審査センター(JCRC)へ改称しました。レンタル時代の老舗が、セル時代の新興に吸収された形です。
現在のモザイクは「審査基準」の中にある
いま大手の作品を審査しているのは主にJCRCで、一部のメーカーは制販倫(2019年4月に一般社団法人化)の審査を受けています。
JCRCの審査基準には、モザイク処理が明示的に書かれています。
- 男女全裸による性行為の体位を直接描写するフルショットには、モザイクなどの技術的な処理を行う
- 性器の描写は処理を行う
- 肛門に関する性表現の描写は原則として処理を行う
- 透視が過度、腰部の露出が過度のショットには処理を行う
つまり「どこにどれだけモザイクをかけるか」は、いまも民間の審査団体が内部基準で決めています。法律でも、国が指定した基準でもありません。1907年の条文と、判例と、民間のルールブックの3点セットの上に、モザイクは乗っている。これが無修正が国内流通になじまない構造の正体です。
2022年の新法はモザイクの話ではない
最後に、よく混同される点を切ります。2022年のAV出演被害防止・救済法は、モザイクには何も関係しません。
この法律が規制したのは作品の中身ではなく、契約と公表のタイミングです。成立は2022年6月15日、施行は6月23日。詳しい骨子は別記事にありますが、要するに次のとおりです。
- 契約時に契約書と説明書面の交付と説明が義務
- 書面交付から撮影まで1か月、全撮影終了から公表まで4か月の間隔
- 公表後1年以内(経過措置は2年)は、出演者が無条件で契約解除できる
この解除権は、公表済み作品を本人の意思で引っ込められる初めての手段です。ここで誤解されがちなのが、引退=作品の撤回ではないということ。引退は「新作を作らなくなること」でしかなく、既に売り出した作品の流通は止まりません。モザイクがかかっているかどうかも、引退の前後で何も変わりません。
そして繰り返しますが、モザイクの有無は刑法175条という1907年の条文をめぐるリスク管理であって、2022年の新法の守備範囲ではありません。法が規制する対象が「出演者と契約」に移った一方で、「映像の中身はどう扱うか」は、変わらず判例と民間の基準任せのままです。
関連記事
出典: Wikipedia — 日本ビデオ倫理協会、Wikipedia — ソフト・オン・デマンド、Wikipedia — 日本コンテンツ審査センター、Wikipedia — 日本映像制作・販売倫理機構、Wikipedia — アダルトビデオの歴史、制販倫公式サイト。団体名・時期・審査基準に関する事実のみを扱っています。刑法175条の罰則と新法の契約ルールは本サイト既存記事(av-gyokai-shikumi / av-joyu-toha)と同じ出典に当たります。
よくある質問
- モザイクは法律で義務づけられているのですか?
- いいえ。モザイクの有無や濃さを定めた法令は存在しません。刑法175条が規制するのは「わいせつ」の頒布・販売・公然陳列で、モザイクはそのリスクを避けるための業界の自主規制として定着しました。
- モザイクはいつからあるのですか?
- アダルトビデオの歴史とともにあります。1980年代後半には「シースルービデオ」と呼ばれるモザイクの薄い作品が流通していました。基準は審査団体ごとに違ったため、濃さも団体ごとに異なります。
- なぜビデ倫は消えたのですか?
- 2007年8月23日に警視庁の家宅捜索を受け、2008年3月1日に審査部統括部長らがわいせつ図画頒布幇助の疑いで逮捕され、2008年6月限りで審査業務を終了しました。
- 現在の審査はどこが行っているのですか?
- 大手メーカーの多くは日本コンテンツ審査センター(JCRC)の審査を受けています。一部は日本映像制作・販売倫理機構(制販倫)です。JCRCは2016年1月に映像倫理機構から改称した団体です。
- モザイクとAV出演被害防止・救済法は関係がありますか?
- 直接的にはありません。新法が規制したのは作品の中身ではなく契約と公表のタイミングで、公表後1年以内(経過措置は2年)は出演者が無条件で契約解除できます。モザイクの有無には影響しません。引退しても既存作品は残ります。